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サーフボード選びに偶発性を考察する

リコメンドされたサーフボードを買うと、未来も決まるという。

インターネットでサーフボードを検索したり、SNSでいいね!を追いかけたりすると、広告祭りだ。

その中から、広告ではない本当に必要な情報はないわけではないが見つけるのは難しい。

だいたいのたどり着いたウェブサイトの中で、あなたにはこれらのサーフボードが合いますとリコメンドされたサーフボードを選ぶとすると、実は次にサーフボードを買うときもうまく誘導されるように設計される。

自分は自主的にサーフボードを選んでいると思っている人が圧倒的に多いけど、インターネットは実に匠にできていて、選ばされている状況は本当に多く、未来も同じく誘導される。

ウェブサイトで買う(選ぶ)と、また似たようなウェブサイトがリコメンドされて、似たようなサーフボードがリコメンドされる。

これの深刻な問題っていうのは、今ここにいて、今このサーフボードを選んでいるのに、未来が決まっているということだ。

未来に過去の自分が繋げられてしまうのがネット社会。

過去と今と未来と、あと知り合いの紹介と。この中は画一的。知らぬ間にこの中から抜け出せなくなる。というよりは入っていることすら分からない。

そこに自然を相手に遊ぶサーファーがいていいのか。

人工知能から一番遠いところにいるからサーフィンじゃないのか。

もっと言えば、ネット社会だけじゃない。いつも同じサーフショップで同じブランドのサーフボードを買う。のも実は未来が決められていてって話。同じ情報の中で同じ仲間の中で決まった掛け合いの中で毎度同じようなことが起こるのだ。

もっと外にでようじゃないか。

“知覚されないものに対して許容を存在する能力” 天然知能

僕はこれを提案したいのです。

サーフボードを選ぶときは主体的がいい。そして偶発性があっていい。なんか良さそうで選んで全然問題ない。

もっと未来は生き生きとしたものでなければならない。

今すでに未来を決められてたまるか。

意識的に偶発性を取りに行く必要があるのだ。

だから外を見る。

向こう側に行ってみる。

と提案したいのです。

次回は、他人のサーフボードの感想とか、モデル比較みたいな雑誌企画、とかによるサーフボード選択もサーファーと言えるのか。を考察します。

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